7円分の奇跡

 高校2年生の夏休み。
 高1のときもそれとなくのんびりしてはいたけれど、今年はそれにも増してのんびり読書やら何やらばかりをしていた。その割には、あまり量は読めなかったけどもね。
 しかし、宿題で、オープンキャンパスへ行かねばならなかった。というわけでしかたなく、わざわざ電車に乗り、友達とオープンキャンパスに行った。5回。
 その5回目のオープンキャンパスの帰り、電車賃で160円を使ったため、残金167円だったパスモ(電車等で使うICカード)の残りが7円になってしまった。
 なぜ7円なんて半端な金額が残ったのかと考えてみたけれど、駅の売店でお菓子とか何か買ったせいだ、という結論が出ただけで、詳しい理由については思い出せない。まあそういうものだよね。
 しかしまあ、これでオープンキャンパスのノルマは達成した(3校は行かねばならぬ)なー、という達成感に満ち溢れた心境のまま、さて本屋でも寄るか、と思った矢先。改札を出た直後。
 改札から本屋への短い経路の途中、なぜかある小さい階段とスロープ。真ん中にこれまたなぜあるのかも分からない手すりがあり、手すりの右が階段、左はスロープって感じ。
 その必要性のよく分からない手すりの上に、妙なものが、座っていた。歌っている。
「じーんせーいーらーくーなーくー、くーばかーりーさー♪」
 うぇ、なんだ替え歌。
 なんかこう、元歌をただ悪くした感じ、という最悪な替え歌。
 そしてそれを歌っているのが……。
 無理矢理形容するならば、ゾウから長い鼻を取り、大きさがリスくらい。耳だけは大きくて、手足はゾウほどの太さは(もちろん小さいからそんなに太くないだろうけど)なく、人間の手足が灰色になったような見た目をしている。
 その姿と声が、ミスマッチとも言えず、かと言ってうまいわけではないからイラッと来る、というなんとも気に障る存在だった。なんだこりゃ。
 と、こんなことを考えてると、ゾウリス人間(?)が喋りかけてきた。
「さて、君。私は、そう、いわゆる奇跡の神だ。そこで君は、今、私がお金が欲しいと言ったら、いくらくれる?」
 ……普通の人間の姿だったらはっ倒してるぞ、おい。
 まあそれはそれとして、何、金?
 守銭奴ってこんなやつのことを言うのかな。
「ふむ、君はなかなか失礼なことを考えているようだが……。あれだぞ、いくらでもいいんだぞ。それに、私は欲のためにお金を欲しているのではない、ということは分かっておいてくれよ」ゾウリスはじっとこっちを見ながら言った。そんなに見るな。
 自分の為に金が欲しいのでなく、いくらでもいいって……。意味分からんな。
「それで何か得するの? あなたは」適当な2人称が思いつかない。
「私、では無く君が得をする。私にお金を渡せば奇跡を起こせる、ということだ」
 なんだろうな、自分から胡散臭さを増して行くっちゅう悪いパターンの典型みたいなやつだな。
 さて、ここで考えられるのは、二つの可能性。
 そしてできれば、一つ目がいいな、うん。
 一つ目――――夢オチ。
 今朝オープンキャンパスに行ったところからすべてが夢で、今はのんびりベッドの中、もしかしたら友達との待ち合わせ時間に間に合わない時間になっているかも……。
 いやそれは嫌だけど。
 そして、二つ目――――このゾウリスが、神か悪魔である。
 このゾウリスの外見、言動から判断して、こいつは常識的な存在ではない。そして、妖精とか妖怪とか、そういったたぐいでも無さそうだ、となると、やっぱり神様とか悪魔とか、何かおかしなことをしでかしてくる存在なんじゃないか、と思うわけですよ。
 厨二病とかいうならどうぞ。
 しかし、実際にこーんな変なやつに会ってみなさい。冷静な判断なんてできやしませんぞ!
 夢でも何でも、払えばなにか変わるんだろうな、というのは分かるんだけど……。
 ああどうすっか。逃げる、という手もあるけども「ああ言ってなかったから付け足すぞ君、もし1円も払わずに逃げるなら、ずっと付きまとうだけだ。おとなしく払いなさい」逃げちゃだめか。
 うーん、ここは払ってしまうしか無いのか。でも、何か、財布を漁って小銭を出すというのもなんだかな……。負けた感じで嫌だぞそれは。
 …………確認するか。
「あー、それ、ちなみに現金じゃなくてもいいの?」
「払う気になったのか? もちろん、現金ではなくても大丈夫だ。私は神だからな」ついに言ったよこいつ。「ただ、あれだ。図書券とかお米券とかは困る。ちゃんと、そのままお金の代わり、といったものじゃないとな」
 うわ、ケチ臭い神様だな。
 まあいい、あれで払ってしまってさっさと帰ろう。
「じゃあ、これで。パスモに入ってるお金で払いますよ。中身全額。大丈夫ですか?」
「パスモか。なら問題はないな。しかも気前がいい。よし、じゃあここにかざしてくれ」
 そう言ってゾウリスは、手すりの上で器用に後ろを向いた。
 こんなにでかい耳なのにバランス感覚はいいんだな……と感心しながら、俺はパスモをゾウリスの後頭部にかざす。
「ピッ」いや自分で言わなくても。
 まあ何はともあれ、これで相手の要望は満たしたわけだ。7円だけど。
「……じゃ、俺は帰るんで。それじゃ!」
 そう言って俺は足早に去った。
その後ゾウリスが、飛んでいったのか歩いていったのか消えたのか、といったことは俺には分からない。

 そして次の日――――。
 今日は部活で学校へ来ていた。
 うちの部活は怠惰が激しくて、実際に部活に来ても活動を全然しないことの方が多いのだけれど、今日も変わらず、UNOとかやってたというね。だめだね。
 その帰り、ふと甘いものが飲みたくなって、俺は自動販売機に100円を入れ、200ml紙パックのヨーグルト味飲料のボタンを押した。
 なんというか俺は、学校ではこれとあるコーヒー牛乳しか買ったことがない、という意味不明な自慢があるんだけど、まあそれはいいとして。
 ガタン、とその紙パックのヨーグルト味飲料が出てきたので、かがんでそれを取る。
 自動販売機は昇降口の中にあるんだけども、そこで靴を履いて外に出て、俺はこれは振らなくてはいけないものだということを思い出す。いつもはそこで振るのを忘れて、開けてからチョコチョコッと振るんだよなぁ、気づいてよかったよかった。
 と安心して紙パックを振った直後、異変に気づいた。
 ん?
 もう一度振る。
 やっぱり、これは……。
 ちょっと中身が増えてる、かも……。
 なんていうのかな、振っても振っても振った感触がないというか。いつもは振ると中身が動くから振ってるな、という感触があるんだけど、今日は中身が詰まってて、振っても中身が動かないから振った感触がない、という。
 伝わったかどうかはともかく、これはちょっと中身が増えてるぞ……?
 と、唐突に昨日の出来事を思い出した。そういえばあの時、ゾウリスは奇跡を起こすとかなんとか言っていた気がする。そして、払った金額が7円。
 つまりこれは、あのゾウリスが起こした奇跡ってことなのかな……。
 200mlで100円だとすると、7円は14mlだし、ほんとにそれくらいかもしれない。
 7円分の奇跡。ほんとにしょぼいものだけど、まあいいかな、と思える、そんなよく分からない奇跡だな。
 もっと払っておけばよかったかな、と思うけど、まあいまさらだな、と諦めて、ちょっと中身が増えてるヨーグルト味飲料をちょびちょびと飲みながら俺は、家に帰った。
 あのゾウリスにちょこっと感謝しながら。



あわせて433円分の奇跡 340円分の奇跡(仮)→




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