340円分の奇跡
今年の夏は暑い。ただスーパーに買い物にいくだけでも汗が噴き出すし、洗濯物を干しても汗をかく。汁だくになる。しかしまとめ買いしても入れるスペースはないし、洗濯物は外で干したほうが気持ちがいいので、しょうがない。やるしかないのです。
だけど私は、カツ丼を食べに行く。
最近私は、娘が買ってきた本を娘がいない間に読むといったことをやっています。自分で本を買う、というのもいいのだけれど、娘は何が好きなのか、というのを把握するのも大事だし、何よりも娘にはおもしろい本を探す才能がある、と私は知っている。
まあそれはいいとして、問題は、最近読んだ本のことだ。その本は、娘が大好きだと公言している作家の新作であり、裏表紙をめくったところに書いてあるものによれば、そのレーベルでは3冊目の作品らしい。
そしてその本に、カツ丼が載っていたのです。
そのお話は、「カツ丼作れますか?」的なことをある人が掲示板に書き込んだことから始まり…………といったものなのだけど、もう、その話に出てくるカツ丼のおいしそうなことおいしそうなこと!
まあ詳しくはネタバレになるのでご自分でお読みください、ということで。
とにかく、私はその本を読んでカツ丼を食べたくなったというわけなのです。
しかし私は、カツ丼を自分で作る気にはなりませんでした。そのお話では、食堂でカツ丼を食べていたからです。
そこで私は、ネットで、「食堂」、「カツ丼」、「660円」、「埼玉」で検索した結果、一番上に出てきた食堂に行くことにしました。たぶん、一番上の店ならおいしいだろう、という目算の上で。
するとどういうことでしょう、その店は娘の学校の近くでした。これはもう行くしかない、と決心をし、私は娘の定期を借り、日曜日の午前中、最寄の駅より、娘の学校の最寄駅へと向かったのでした。
結論として、その店のカツ丼はなかなかおいしかった。
卵と豚肉と衣とご飯が適切な量だったし、味付けもおいしかった。例えるなら、そう、好きな音楽をループしているうちに、眠くなってしまって微睡みの中、フェードアウトしていくような……。
よくわからないですね、よく言われます。あなたの例えはよく分からないと。
まあとにかく、私は満足して帰りの電車に乗ったのでした。
あ、その食堂では、別にその本の話はしませんでした。おそらくその本のことは知らないでしょうし、知っていたとしても別にお知り合いになりたいわけではないのです。私、結構人見知りするので。
さて、家の最寄り駅に着きました。私の家は駅から自転車で10分ほどなのですが、腹ごなしと考えればどうということも無い距離です。まあもっと近いほうがいいな、と思うことも無いわけではありませんが、自分で買った家でもないのに文句は言えません。
改札を出て、さて東口へ向かおうと(改札を出て右が西口、左が東口です)したところで。
妙なものを見つけました。
それは、スーパーや書店がある、駅と連結した建物に通じる扉の前、ちょっとした段差とスロープがあり、その境目に手すりがありまして。その手すりの上、何かこう、黒いものが座っていました。
それはとても小さく、しかし耳は大きく、ミニゾウ、といった趣きでした。決して可愛らしいとも言えませんが、まあ動物好きの人からは愛されそうな外見です。確かドラえもんだかなんだかにミニゾウといったものがいた気がするので、そう、これはゾウミニとしておきましょう。安易ですが、ぱっと思いつくのはそれくらいなのです。
さてそのゾウミニ、何か変な歌を歌っています。ちょっと、水戸の黄門様のOPのような歌に似ていますが、なぜか絶望的な方向と歌詞が変わっています。
と、気持ちよさそうに歌っていたゾウミニが(無視して通り過ぎようとした私に)話しかけてきました。
「そこのあなた、無視していかないで欲しいものだが」
周りに人がいないので、私に話しかけているということは分かっていますが、だめです。私はすぐに帰って、洗濯物をとりこまなくてはならないのです。
「そこのあなた、私を無視しても、着いていくので無意味だぞ」しつこいゾウミニです。
仕方が無いので、私は立ち止まってちょっとゾウミニの方を向きました。
「やっと振り向いてくれた。さて、私があなたに言いたいのは一つ、そう、私にお金を渡してほしいというだけです。私に渡してくれたら……」「結構です」私は歩き始めました。
「待ってください。私にお金を渡してくれたら、奇跡を起こします。それだけは言っておきましょうか」
ちょっと気になることを言うゾウミニですね。
そう思って私はまた立ち止まり、聞きました。「本当ですか?」
「本当も何も、私は神だから……ああいや、なんでもない。とにかく証拠はないが、本当だ、ということだけは言っておこうか。それだけだ」
ちょっと信用ならないな……とは思いますが、ちょっと気になるのも事実。
「あ、あと言うのを忘れていたが、私に渡すのはいくらでもいいぞ。私は欲深くは無いのだ」
やっぱり偉そうなゾウミニです。ああいやしかし、いくらでもいいという上に奇跡を起こすというのなら、適当に渡すのもまた一興。
さてさて。
「正直なところ、あなたを信用できるわけではないのですが……」と、あえて一歩引いた上で、今日のカツ丼のお釣りを渡す。
1000円-660円=340円なり。
私が今渡すとしたら、このくらいの金額が妥当かな、と思いますゆえ。
「どうも。ではあなたには、相応の奇跡が起こることでしょう」
そういい残して、ゾウミニは消え……るわけでもなく、そのままじっとしています。
ああ、私が去れということか、と理解して、私はゾウミニの前から立ち去った。
さて、翌日。
ゾウミニの事なんてすっかり忘れて、すっかり寝てしまった、翌朝。
ピンポーン、とチャイムを鳴らして、宅急便が来ました。
そして、荷物を受け取った私は、驚きました。
通信販売で買ったものが届いたのですが、なんと。
明細書の金額が、記憶にある金額から、340円引かれているのです。
……これは犯罪なのではないでしょうか。
まあいいでしょう、神様なのですから。たぶん。
これはこれで奇跡。
損も得もしてないけど、古来からそういうものなのかな、と思いつつ・
しかし、なかなか俗物的な神様だったな、とも思うのでした。
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